皆に愛される事が羨ましかった訳じゃない

だけど、愛されること自体は



喉から手が出るほど、羨ましかった…








それでも、世界中でたったひとりだけ

君だけは


私の顔を見るだけで 微笑みをくれた





私が生きてる、それだけで










 君は












【010:You are unskillfulness to make words】






「………」




返す言葉が思い当たらず、俺はただ少女の顔を見ていた。
変わらず其の白い顔は此方ではなく、何処か遠くの絶望を見据えている様で…
今の俺にはきっと何も理解出来ないと、何処かで察する。


……死を、望んでいるというのか。


やはりヘヴンで罪を犯してきた罪人なのだろうか…
こんな世界と時代だ、自ら死を誓願する者は決して珍しくない。
チーム内にだって何人かいた。勇午だってその1人だ…。
だが蜘蛛だろうが罪人だろうが、俺はそんな願い…易々と叶えてやろうとは思わないんだよ…。


「…それは悪かった。…気が利かなかったな」


俺は目の前で人が殺されるのを黙って見ていられるほど強靱な人間じゃない。
俺がお前を助けたかった、それだけだ。…死なせてやれなくて悪かったな

目を閉じてサラリとそう言ってやる。

…事情も何も知らない故に、何故彼女が「殺してくれれば」などと言ったのか皆目見当も付かないが、
それならそれでこう言ってやれば反論は返ってこないことを知っている。

蜘蛛によくいるからだ。「どうせ牢にぶち込まれるなら殺せ!何故俺を生かすのだ!」。
それに対して俺は何時も言う。「俺がお前を殺したくないだけだ、悪かったな」と。


「……………」


…俺の言葉に少女は、少し奇妙そうだった。
変な男だとでも言いたそうだ。…何とでも言ってくれて構わない。
しかし少女は何も言わずに、ゆっくりと…毛布の下の膝を抱えた。
…何故生きてしまったのだろう、そういう儚い顔をする…

……ますます分からなかった。   この少女、一体  何が…?


「……お前は何者だ」

「………」

「覚えていないというのはどうせ嘘だろう」

「…………」

「罪人か」

「……人のことを聞くなら、まず貴様の素性を話せ。…礼儀だ」


ツンと言い返され、…やはり気が強いなと…何故か半ば呆れたくなった。
精神力も並大抵じゃないし、ついでに話し方や言葉の使い方も気位高い。
綺麗だが、可愛くは無いと思う。…だが言っている事はもっともか。
俺は煙草の灰をコンクリの床に落とし、そのまま踏み潰した。…此をするといつも薙が怒る。


「浅霧秀兎。この地区の蜂のリーダーだ」

「…………」

「お前は」


少女は俺の名を聞いてしばらく沈黙を続けた。
…質問に答えるを待ったが、一向に口を開きそうにない。
答えないつもりかこの女…人に聞いておいて何様だ。
可愛く無い上に性格も酷い。やはり餓鬼だ。


「……答えたくないなら、せめて1つだけ聞かせて貰おうか」

「―――…」

「あの刀」

「…!」


ハッ、と、女の目が1度だけ見開いた。
俺が目線を向けた先を、バッと振り返る……

 刀掛けに置かれた、白銀の刀…


「あの刀が一体どういう物だか知っているか」

「…………」

「知っていて使っているか?…それとも、何処ぞの蜘蛛から奪ってきたのか?」

「………」

「答えろ」


目に見えて少女の態度が変わった。
先程までの小憎たらしい程の視線と風格が、まるで嘘のように…ゆっくりと…唇を噛む。
そして左手で、甲から包み込むようにして右手を握った。
人形の様な無表情が少しだけ、逆に堅くなったのを感じる…


「…私の、ものだ…」

「―――…」



私のもの、か…


ではまさか、あの茜鳳凰の家紋の入った刀のその意味を…知らないわけではあるまい。
そうなるとこの女、茜居家に仕えている女と言うことか……?
俺の両親と、何かしら関わりのある可能性も低くない…。

しかしあの刀、あまりにも良質すぎる。
とても門下程度の者が手に出来る品では無い―――
となると、家臣や当主直々に仕える者に近いと考えられた。
ましてやこの少女の剣の腕… 並ではない。

しかしでは、何故そのような良家に務める者が… このアングラへ堕ちてきた?


「……もう1度聞く…」

「………」

「お前、何者だ」




また、沈黙。
少女は人形のような表情に戻り、刀から目を逸らし、もう俺の顔も見なかった。

…怯えている…?



「っ、ゲホッ……!」

「―――、」


しまった。 途端に少女が、胸元を押さえ強く咳き込む。
ゲホッゲホッ、と…苦しげに顔を歪め、起こしていた上半身を前に屈めた。
喋ったせいで肺に入る空気の量が変わったのだろう、また拒否反応が出たか…

俺は椅子から立ち上がり、少女の細い肩と背中に手を当てた。
無理をさせたようだ…可哀想なことをした。…そう思いながらゆっくりと背をさすってやる。

…―――触れた背中が、酷く細かった。



「………悪かった、もう横になって良い」

「…ケホッ…はぁッ…!」

「………せめて名だけ言え。……呼ぶことも出来ない」

「―――……っ、ケホッ…」

「女を相手に“お前”と呼び続けるのは好きじゃない」



少女は人形の表情を歪めたまま、俺を見た。
……充分すぎるほどの時間を使い躊躇ってから、
苦しげに上下する肩を落ち着かせ、必死に呼吸をする。

名を、と言った俺の顔をじっと見て…少女は考えていた。
ここまでの会話で分かる。…この少女は頭の良い女だ。

 この場面は…偽名を名乗るだろう。

名乗る名前を考えているのだろう…まぁ、良い。
呼び名として呼ぶだけだ、偽名だろうと何だろうと構わない…。



そして…  その充分すぎる沈黙の後に、少女は目線を逸らして言った。





「……椿」





    ―――。    ツバキ…   だと?





「――――――、…分かった、……椿」





           何を考えているこの女――――――…






言葉に詰まって、それでも俺は動揺を隠し頷いた。




「………もうしばらく横になってろ」

「………」

「怪我は痛まないか」


…コク、と、浅く頷き… 少女… “椿”は、ゆっくりとベッドに横になる。
胸元まで薄い毛布を掛けてやり、白い顔から黒と紅の瞳が閉ざされてゆくのを見届けた。

枕に散らばった暗い紅色の髪を、ヤクにまみれた蜘蛛達の血の色と少し似ていると思った…
この数分で何度も見とれてしまったその顔から、早々と意識を逸らす。















そう言えばもう日が変わり終えた時間だというのに、

蜘蛛を見張らせているカズがまだ戻らない事が… 少しだけ、気掛かりになった…