君は知っているだろうか…?


誰からも愛されていないという錯覚に堕ちた時の 人間の醜さを




目の前の物全てが疑えて見え、
これまで信じていた繋がりさえもが

ただの贋物(にせもの)に見えてくる






そして全てを疑い、全てを恐れ、 全てを失う








ねぇ、君は知っているだろうか…?











それでも私は最後まで、 君を1番   誰よりも1ば ―――

















【004:You call this a providential act】














勇午を拾ったのは、今から約2年前




まずこの蒼銀の髪が強烈に、印象的だった…
どこか生気が無く見えるが、常に何かしらを蔑んでいるような視線も。

俺にぶつけてきた、1番最初の言葉も。


 『 アンタ、キレーな人間だな… 』


ヘヴンの人間として生きていた18歳とは思えぬほど、
少年は野生獣の様に全てに牙を剥き敵視する様な目をしていた…
其れは強さの意味でも、哀しい意味でも。


勇午はその時、刑の判決を渡され牢にぶち込まれていた。
丁度俺はアングラから蜘蛛を御上の管理下に搬送するのに、
6番街の蜂の管理をしている長官に同行していて…
たまたま、だ。…その牢の通路を通ることになったのだった。

そして目が合った。
とても小さく見えたが、今にも噛み付いてきそうな感じがした。

長官に、「コイツは」と訪ねると、直ぐに答えが返ってきた。
“ヘヴンで散々悪事を働いてきた鼠だ” と。

蜘蛛ではなくて鼠。
そして俺がじっと見ているのが余程――― 可笑しかったのだろう。


少年は訊いてきた。 アンタ、キレーな人間だな。   そして



 『 アンタ…ヒト殺した事、ある? 』   と…



俺は充分躊躇ってから答えた。
「…あるよ」、と、静かに。

意外だったらしく、少年は「へぇ」と、目を丸くした。
そして口元を薄く左右に広げて…笑った。


 『 …どんな感じだった?やっぱ怖かった?アンタ、イイヒトっぽいもんな… 』

 『 俺の事も殺してくんねーかな 』

 『 …出来るなら、アンタみてーなヒトに強烈に血ィ飛ばして、脳に染み付けて死にてーんだ 』





その後俺が発した言葉は、この少年に向けての言葉ではなかった。
俺の手前にいた、長官に対してだ。

「コイツ、俺に貰えますか」


―――蜂として。
それを言い訳に、何故か此奴を側に置きたいと… 思った。




それはあまりにも、



「昼飯どーも」

「………」



戦地から少し遠退くだけで、血の匂いは消えた。
重たい空気は変わらないが、湿気と寒気の混じった冷たさだけが頬を掠る。

…勤務中だと言い聞かせ、買い食いで昼食を済まさせた。
隣を歩く蒼銀の髪の少年は、先程の色の無い顔からは想像も付かぬほど
やる気も無くただダラリと歩きながら、適当な食い物屋で買った適当なパンを食っている。
…こんな地下の世界でも、食い物と飲み物くらいは真っ当な物がある。
そうれなければ誰もこのアングラでは生きていけない……
釣り銭をしっかりと俺に戻すと、勇午は俺より先に歩き出した。
何処へ行く気やら。


「勇午、さっきの話…詳しく訊かせろ」

「はァ?」

「……跡継ぎの話だ。…茜居の」

「………ああ…」


…勇午は俺の下に就いたこの2年で、監察として恐ろしい早さで成長した。

確かに俺は初めから此奴を買っていた。だが腕を知っていた訳では無い。
ただ“言動”だけで此奴を、「ただのガキじゃない」と判断していた。
…正直、この自己中で言うこと聞かずの性格は監察として不向きだと思ったのだが、
何事も客観的、感情を持たずに冷酷に仕事をこなす面では―――ある種最高の適役であった。

今回のこの“茜居”の事だって。
…勇午が茜居について調べてくれるのは完璧に俺の私情だが、
其れにも関わらず、文句は垂れてばかりいるが隅々まで情報を得てきてくれる。

此も監察としての仕事の合間に得た情報に違いない―――全く持って、大した物だ。
想像以上に良い弟分を俺は貰っていたらしい。…憎たらしいのを除いて。

しかし当人は「攻撃陣に回りたい」とぼやいてばかりいる。
ガンガン銃をぶっ放して、奴らの頭蓋骨に穴を開けまくりたい、と…そんな暴言ばかり吐く。
しかし今となっては勇午は監察陣のリーダーだ。(ちなみにカズも監察陣)
組織リーダーとしてチームバランスを考えると、そう易々と此奴の意見に甘んじる事は出来ない。


「だから、茜居沙織が、茜居源嘉との間にガキ…男のガキを生みましたぜ、って話だ」

「―――確かなのか」

「ああ。俺の情報信じねーんですかヒデさん」

「いや」


俺は胸ポケットから煙草を取り出すと、
落ち着かない手でジッポを鳴らした…


…そうか ようやく、跡継ぎが生まれた、か……



腰にある2本の刀がズシリと重く感じた。








…茜居という家には―――当然、代々の当主が存在した。

必ず同血の男子がその家を継ぎ、この時代まで生存を保ってきた。
現当主の名は源嘉(ゲンカ)。風貌剣技どちらをとっても
「豪」という字の似合う男だと…両親に聞いた。俺は正直、顔も覚えていないが。


そしてその息子である次期当主で“あった”男の名が――― 「椿」(ツバキ)。


生後間もなくして、源嘉の正妻である櫻(サクラ)――― の母胎を、失ってしまう。
つまり、母親の命と引き換えに生まれた子なのであった。
心臓か何かの病で元々からだが弱かったと聞いた… 子を産む力が無かったとも云われていた。

しかし母を失えど子は子、椿は運良くも男だ…次期当主に代わりはない。
茜居の未来に決して陰りはなかったように見えた。
…が、此の男にも、耐え難き悲劇は起こってしまう。


5歳にして病に掛かり、倒れ、そのまま母の後を追うようにして命を失った。
椿はたったの5年で、この世を去ってしまったのだった…。


つまり、次期当主であった椿が死去してからのこの13年。
今日の現在まで茜居という家に… 次期当主は、存在していなかった。


何千年も前より続く家だ。血を継ぐ者を絶やす事はそう軽い話では無い。
しかし次期当主であった息子・椿を失った源嘉は、
それより13年間、新たな女を妻として設けようとしなかったのだ―――…

前妻の櫻を強く愛していたせいだ。
そしてその忘れ形見である息子を失った精神的動揺を、未だに褪せさせれぬからだ…
…と、世間は了見していた。当然当人の言葉などではない。


何故13年もの間茜居源嘉は正妻を設けず、跡継ぎを用意しようとしなかったのか…
それは誰にも分からずじまいだ。


だがその13年の空白を経て、茜居源嘉は去年…とうとう新たな妻を、家に入れた。
名は「沙織(サオリ)」、15ほど年の離れた若い妻だったと聞いた。
一体何がどうなってそのような手の平返しの状態になったのかは分からないが、
やはり茜居という家の血を絶やしてはならない…それが1番大きな理由だったのではないだろうかと、俺は純粋に思う。

そしてそれより1年。
―――先ほど勇午が俺に告げた言葉で、それは成果を上げた事を知った。
茜居家現当主・茜居源嘉は、正妻沙織との間に、次期当主を残した。


沙織が 男子を生んだというのだ―――…

2千年の歴史に、終止符を打たずに済んだワケだ。







ピーッ ジジッ、


「…ヒデさん」

「……」

「オイ、ヒデさん」

「……あ?」

「……ウィグ」

「……、」



トリップしていた俺を呼ぶように、ウィグが胸元で震えていた。
勇午に言われるまで全く気付かなかった……駄目だな、やはり今日は嫌な日だ。

小さな端末を手に取ると、液晶の画面に、「もう済んだ仕事の処理に出ている」…と、
葉哉から聞いたはずの者の名前が出て、少々不安がよぎった。
何かあったか…


「どうした」

『ヒデ君、今大丈夫ですか』

「ああ、何かあったか?」



空気の濃さに負けて雑音の混じった音声、だがウィグの向こうの声は落ち着いていた。
特徴のある、丁寧で冷静な男の喋り方―――


『ええ。今、昨日落とした糸の処理に出ているのですが』

「葉哉から聞いている。宇羅も一緒だと」

『ええ。……報告したいことが』

「どうした」

『現場付近に、死体が』

「―――………、ヤク死か」

『それくらいなら報告しませんよ』



アッサリと、冷静な声は俺の予想に溜息を付いた。
それもそうだ。…このヘヴンでは、死体が1日3体は見つかっても驚く事じゃない…
薬・飢え・孤独・中揉め・制裁、理由は様々だが―――
どれもマトモな原因の死ではない…… では俺に報告する程の死体とは何だ。


『ヒデ君に連絡するくらいの理由があると察して下さいよ』

「………何だ」

『…この死体、蜘蛛に違いはないのですけれど。…死因が』

「………」


『   』



何 だと…?






俺は眉間にしわを寄せた。
こえー顔、と…隣で勇午が、アングラにしては上等な味であろうパンを食いながら、
その様子をしっかりと見聞きしている。


『まさかヒデ君じゃないかと思いましてね』

「いや……覚えは無い」

『でしょうね。確実に“殺されて”いるので。宇羅もヒデ君では無いと言い張るし』

「―――……宇羅は大丈夫なのか」

『大丈夫ですよ。…もう死体も見慣れてきました』

「………」


死体は見慣れた、か。
まだ18の少女に対し、あまりにも酷だと…少し悔しく思う。

海神界羅(ワダツミ カイラ)、チームの攻撃陣の要である男だ。
冷静でいて誠実、自己意見を強く持つ性格だがチームの規律を乱しはしない。
外見も内面も、24歳にしては随分と大人びいている様に見える奴…。

そしてその妹である、海神宇羅(ワダツミ ウラ)。…まだチームに所属して2ヶ月と少し。
心身共にまだ幼いと言え、意志もまだ弱すぎ正直彼女は蜂という職に向いていると言えない…
だが事情あって、俺は少女を蜂に所属することを許した。
―――兄の界羅と共に行動させるのを条件に。

2人が今日出ているのは、ほんの昨日、御上から命を受けて討伐に当たったに蜘蛛の“巣”の後処理。
薬が隠されていないか、武器が残っていないか、残党が彷徨いていないか、
そして他の巣の蜘蛛が其れの仇として活発に動こうとしていないか、といった後調査だ。

これといって難しい仕事ではない。
蜘蛛に就いて誰もが1番最初に経験する業務だ…

其処に、……死体、ね…。


『で、どうしますか。…1匹ですし、連れ帰りましょうか?』

「……………いや、良い…今から俺がそっちへ向かう」

『了解しました。現場は』

「分かる」

『了解です』



ブツッ、とウィグがまた乱雑な音で切れる。
ウィグを胸ポケットにしまいながらチラリと横に目を向けると、
勇午は薄目で俺を見ながら、もう次の言葉を俺に訴えていた…


「……………。分かった、付いてこなくて良い」

「そりゃどーーーーも」

「その代わり、」

「サボりゃしませんよちゃんと勤務します。御上から注意来てんの、第7塔付近の蜘蛛だろ?」

「……19時からリーダー会議だ、遅れるなよ」

「ヘーイ」


ヒラヒラと右手を挙げて、勇午は俺と反対を歩き出した。
その後ろ姿に鼻で溜息を付き、俺はさっき来た方向に向き直る。


界羅と宇羅が出ている現場は、第14塔の方角…
急ぎではないが。 ザッ、と…俺は軽い足取りで走り出した。