Want Love 6
〜薄汚れた街〜






…どうか私に、そんな事言わないで…


私は誰にも愛されない子だから


誰にも愛されちゃいけない運命にあるんだから




…お願い…



愛さないで
愛して










     目覚めて朝だと気付いた時、俺は玄関のドアの前で膝を抱えて眠っていた。
     …ということを知った。……目覚めて朝だと気付いた、その時に。

     なんて無神経なんだろう…
     周りから「変な子」として見られるのにはもう慣れたが、
     さすがに…自分がここまで壊れているとは思わなかった。


      喉が、痛い。 風邪をひいたのか…それともただの泣きすぎか。
      俺はすっかり皺になってしまったプリーツスカートを直しながら立ち上がった。
      何だろう。…何も、変わらない。…俺のままだ。



     ドアを離れた瞬間、背中が寒くなった気がした。   本当に、 気だけ。




     時計は7時半を綺麗な角度で指していた…
     それを徐に見つめながらYシャツを脱ぎスカートを脱いで、下着を外す。
     ボーっとして重たくなっている目を擦りながら、シャワーを浴びた…

     あれ…?俺…今日から3日間停学だよな…?
     ちょっと今さっきまで学校へ行く気になっていたかも知れない。
     …笑っちゃうな。お前はそんなに学校が好きだった?え?

     ……しっかりしろ。
     シャワーの勢いを強めて、思いっきり顔に掛ける。
     それでも裸の身体が、心までは剥がすまいと必死に何処かを護った気がした。


     つうか3日間の謹慎って…今日、金曜日…じゃない?
     土日を挟んだら…何だ、火曜日までフリーなのか。ふぅん……ますますラッキー。
     ウチの学校の謹慎は土日祝日を含まない。あくまで登校日を謹慎で過ごすという決まりがある。
     …他の学校がどうなってるか何て知らないけれど。
     謹慎、て、「自宅謹慎」て意味だが。…知ったこっちゃない。
     その辺フラついて遊ぼう。たまには自由のいい味を楽しもう……


     そうだ…ナイフ、買いに行かなきゃいけないんだった。
     面倒臭いな。…こんな時代だ、未成年に刃物を売ってくれる店はなかなか少ない。
     いつも俺が傍らに置いていたのは、ただの果物ナイフだったけれど。
     また、同じので良いか…あれなら何処でも簡単に手に入る。



       
「―――、そうだ…」



          もう、所持金も少ない…
          そろそろ「狩ら」なきゃ。





       特に働いているわけでもない高校1年生が、都会で1人暮らし。
       生活資金はどうしてるのかとご近所様からはよく疑問に思われてるらしい。
       中には、このアパートの大家が金銭面まで俺の面倒を見ていると勘違いしている奴もいる。
       冗談じゃねェ…俺はあんな女の世話になんて死んでもならない。

       俺の生活資金は全て、兄が。
       わざわざアメリカから日本の銀行へと、俺の生活資金を送ってくれてる。
       …どんなに大変だろうか。

       でも、その金が無ければ俺も生きていけないのが事実。
       小学5年からその生活なワケだから…小学生にして銀行通いをしていた。
       世間は本当に俺を変な目で見つめるのが好きだった。


       だが兄さんに文句を言うワケじゃないけど。 
       兄さんだって大変なんだ。…出来れば、兄さんの金は、兄さんで使って欲しいと思うのだった。
       だから兄さんが送ってくる資金は学費にのみにしか使わず、
       自身の娯楽費としては全く手を付けずにいた。

       2年後兄が日本に帰ってきたら、全て返す気でさえいる。


       ―――じゃあ今俺は、どうやって過ごしてるのか、って?








      朝食は相変わらず、作ってはみるもののその半分しか食わない。
      キャミソールの上にヴィヴィアンのカーディガン、それにジーパンという姿に着替え、
      …軽く化粧を済ませる。そして最後にサングラス。


    
「よし、」


        独り言でそう言って、俺は玄関に立った。
        ―――今から、「カイモノ」。






       ドアを開けた時、何故か一瞬……柏滝の姿が、太陽の光と一緒に現れた気がした。
       どうしたんだよ、…しっかりしろ……

       でも、そう言いきかせれば言いきかせるほど、柏滝の声が耳に蘇る……




                 
 「君が好きだ」
 



        ぞくっ、と、肩が震えて ―――改めて、彼の言った言葉の意味を考えた。
        …、…俺は……嫌だよ、……違う、

        …駄目だよ………


         何故か歯を食いしばらずにはいられなくなる。頬が硬くなった。
         懸命に何かをこらえながら、ドアの鍵を素早く閉める。
         そして……静かに、アパートの階段を走る様に下った………


         どんなに振り払っても何かが取れない。
         粘着質なのとは違う、そうじゃなくて…まるで纏われるように。
         …耳に声が、肌に感触が、頭に言葉が、―――…溢れ蘇る。

         ―――…昨日柏滝は、何時までココにいてくれたんだろう。
         …でも俺が家に閉じこもってから、1時間はずっとそこにいてくれた…気がする。
         ずっと…かすかに、「珱、」「珱、」と…俺の名前を呼んでいてくれた気がする。


         夢かも知れない。空耳の可能性だってある。

         ……昨日の出来事だって、全て夢かも知れない。







          忘れよう……





       俺はグッ、ともう1度歯を食いしばって、道路に出た。
       そうすればこの纏も噛み切れるような気がしたのだった。…気だけ。

       静かな道路で自分の歯ぎしりが響く。
       …俺の住んでいる所はデカい駅から大分離れているため、朝でも街は割と静かだ。
       中小企業のビルが建ち並ぶ通りに出れば、さすがに五月蠅いけれど。
 
       そのビルとビルの間の細く薄暗い道を、通る。
       近道だし、人にも見つからなくて済む。よく俺が利用する道だった…。


       風が、強い。ビルとビルの間はさながら、深い谷の底。
       俺は長い髪を押さえながら下を向いて歩いた…
       その、人1人通るのがやっとという、細い、道を。








       パーーッと、大型トラックのクラクションの音から始まった。
       汚い空気の、大都会の中心。

       そこら中に、通勤中のサラリーマンや学校へ登校する高校生、大学生の群がある。
       俺はサングラスを深く掛け、紅い目が見えないよう…
       そして両手の親指をジーパンのポケットに突っ込んで、歩きだした。



       集団が固まる場所がいい。
       そして、その集団は決まって自分のことしか考えていないのが条件。
       つまり全員が「他人」であること。

       横断歩道ほどそれに適した場所はない。
       大通りの横断歩道は、朝から満員だった……

       生まれつきの細い体で、ひょい、と集団の中に割り込んでいく。
       サングラスの下から覗く目は激しく左右を見回した。



            ―――。アレがいい。



       俺は静かに、1人の女の後ろに立った……

       俺の目の前にいるのは、海禄制服のギャル。……同じ高校に通う生徒だった。
       まったく最近の女子高生ってのは何を考えているんだろうな。
       朝、鏡か手帳か、何かを慌てて突っ込んだのだろう…
       肩に掛かっている学生鞄が、ぽっかりと口を開けたままになっている。
       自分の身形を気にする前に、まずそういう習慣からどうにかしたらどうなんだろう。

       自身もれっきとした女子高生であるというのに、
       そう言う風景をつい客観的に見てしまうクセがある。
       多分、自分を普通の女子高生と同じと思っていないから。思えないから。
       ―――誰も… 思っていないから。


       あの学校は、本当に学力で進学してきた優等生もいれば
       親の金と権力だけでそこに座ってるボンボンや世間知らずさんも多数居る。
       それから、そういう系統の“不良”もいる。
       目の前のギャルは明らかに、親の七光りで在籍している類に見えた…。


         期待、出来そうかな。


 

       それにしても、都会の朝という物は本当に空気が悪い。
       生まれて15年この間東京から離れたことはないが、それでも分かる。
       排気ガスと下水臭、―――薄汚れた人間共が吐くの二酸化炭素。

       横断歩道の前だけで、ざっと100人くらいはいそう。
       奴等の口から吐き出される毒素。それを吸ってるだけで嫌気がした。

       早く青信号になれ……


 
         
 「―――、」



        俺の思いが通じたのか。
        まるで自分が機械を操ったかの様な気もした。

        信号が、…何故「青」と言うんだろうな、あの色は。
        緑に変わった…   ―――今だ…



        目を伏して立っていた周りの人間達も、同時に動き出す。
        目の前の女子高生に不自然を越えない程度に近付きながら、そっ、と俺は右手を伸ばした。


          誰も、見えてない。


        所要時間約0.5秒。 俺は手の中の物をカーディガンのポケットの中で確認して、
        横断歩道を渡り終えたところで女子高生とは反対側に歩いた。



         「狩り」、終了。




         そのまま再び、何処ぞのビルとビルの間の道に入り身を隠し、
         目線だけでチラチラと軽く左右を確認する。
         人々は誰も俺の事など目で追いやしなかった。
         本当に…薄っぺらで簡単な世界だ…。
         俺はそっとポケットの中から、手に持っていたモノを出した。

         ヴィトンの財布、ね…。デザインは小さいモノで、値段もそこまで張らないヤツだろう。
         …ハズレか?そう思いながら中から札と小銭だけを引き抜く。
         …7万4千250円。……女子高生にしちゃまぁまぁか。

         特に不服の溜息も、喜びの笑みをする事も無く俺はもう1度左右を見た。
         カードだとかは面倒になるから要らない。
         金を、自分の財布…ヴィヴィアンの財布に詰め込み、更にまた左右を見回す。
         全然大丈夫。問題なし…否、あるわけがない。そんな失態を冒すものか。
         ヴィトンの財布をその場に捨て、そのまま俺はビルの間の道を歩いて反対側の道路に出た…。


        本当はヴィトンなんてなかなかのブランド品なんだから、
        質屋にでも持ち込めば結構な金になるハズなのだが。
        女子高生が使用していたモノだ。傷だらけで状態も荒かった。大したモノにはならない。

        そんなくだらない計算をしながら、駅の近くの百貨店を目指した。
        今度はそこで、「カイモノ」。

         刃物屋など、そういう専門店なんかよりも、雑貨屋のような場所の方が断然警戒が緩い。
         果物ナイフくらいなら何を疑われるわけでもなく簡単に買えるし、
         やっぱり持ち運びも楽だと思う。殺傷能力なんて低くたって構わないから。

         俺の計画ではそうだったのだが…… よく考えたら、まだ朝の9時だ…。
         開店までおよそ後1時間あった。
         どうしようか。……もう1人くらい狩ってようか。


        名前も知らない高級ブランド店のショウウィンドウに寄りかかり、俺は大きく溜息をついた。
        朝日は……汚い空気を通って俺の額を痛いくらいに照らしていた。

        朝からエロ雑誌を路上で売ってるオッサン。
        難民援助の募金を求める女性をシカトして歩くサラリーマン。
        明らかにこれからサボりで遊びに行くのであろう女子中学生。
        学校にいるのと大して変わらないな。……嫌なモノばかりが目に付く。
        額を照らす太陽の空気も同じくらい汚い。雑音ばっかりが響いてる……


         汚らわしい物ばかりが 目の前を、未だ慌ただしく走っていた…




      
 「―――……」


           ふと、目が留まる。

           しっかりと見るために、少しサングラスを下げてみた。
           …反対車線の向こう側に、1人…ゆっくりと歩くサラリーマンがいる。
           何故目に留まったのか。…何だか1人だけ、違う雰囲気を感じるような。
           身形も妙にきちんとしていて、……眼鏡を掛けていて……

           もしかして……あぁ。……柏滝に似ている…?



       
 「っ、馬鹿か…」


         自分の心に、何故か声を出して叱咤した。
         下を向いて足に向かってそう言ってしまう。……そして笑った。
         何であいつの名前が出てくるんだ。


         どうでもいいんだよ…、あいつは…
         忘れなきゃ。そうじゃないと、あいつ自身がまた苦しむだけ……



                そんなの嫌なんだよ…



         あいつが傷付くのが怖い。
         ―――そして自分が傷付くのが嫌だ。


         いつかあいつが、俺を恨む日が来る。
         いつかあいつの空色の瞳が、俺を軽蔑する日が来る。



         いつか、  あの優しい微笑みだって ―――……    俺を、    殺しに来る……






    
 「ねぇ、君」


         不意にそう声を掛けられて、俺は素早く顔を上げた。
         何かと思った。


     
「あ、いいねぇ。うん」



         え?  
         ―――………さっき反対車線の歩道にいた……真面目そうな、男……?



     
 「君、今、いくつかな?」

     
 「…………」


          男はニコニコと笑っていたが…… すぐに上辺の笑いだと分かった。
          理由は簡単。雰囲気が似てるのに…全然違かったから。

          あの息苦しい教室で、俺に微笑みかけてくれたあの笑顔と… 全く、違うから…。


     
 「高校生かな?あ、高校行ってないのかな?」


           俺は何も答えなかった。
           目も逸らした。いつでも逃げ出せる準備だってした。

           汚い街に1人でいると、こんな様な内容の質問をよくされる。
           わかってる。…こんな真面目そうなツラして…本当に汚い世の中だ…



     
 「こういう雑誌知ってるかな?オジさんの会社の雑誌なんだけどね」」



           消えろよ。
           言ったつもりだったが、口の中だけで消えてしまった。

           代わりに、差し出されたチラシから直ぐに瞼を閉じた。
           汚らしい写真と、雑誌名と、男の名刺。
           



    
 「契約とか簡単に済むんだよ、お金もいらないし、今日今すぐ仕事だって出来るよ。簡単じゃない?」

     
「…ろよ…」

     「君まだ若いし、すーごく可愛いじゃない。だからすぐお金貰えるよぉ?





           ああ…違うか……   やっぱ、俺が消えた方が良いのか……  




     
「どうかな?お家の人のサインとかも要らないんだ、秘密にしたかったら秘密も守―――」

    
 「死んでも御免だ」



   
          サングラスの下から、思いっきりガンつけてやった。
          そして、さっさと歩き去ろうとした… でもこれだけだと、決まってこう…


    
 「まぁまぁまぁ、待って、間ってよ」


          ニコニコと貼り付けた笑顔をしながら止めてくるものだ。
          中には腕を掴んででも逃がしてくれない野郎もいる。
          気に入りのヴィヴィアンのカーディガンを、まるで泥水に浸けられた気分だ。
          ウザイ。触るな、触るな、触るな――――――汚い!!!!!


    
 「初めは誰でもそう言うんだけどね、最初は簡単な写真からで良」




        ドスッ!!



            そこで男の声は途絶えた。
            良い体格の大人が、女の目の前で倒れてゆく。


   

    
 「消えろっつってんだよ…クソヤロウ…!!!」


            鳩尾を打った膝を、俺は何度も何度も手ではらった。
            この世で最も汚いモノに触ってしまったかのように。否、触ったからだ。


            何人かが、サングラスの不良女子と倒れた男の現場を目撃していた。
            話し掛けられる前に、迫り止められる前に、俺は走りだした。
      
            だが頭が痛くて、―――何故か涙がにじみ出そうだった…
            気分が…悪い。一旦家に帰ろう。ナイフはまた後でも良い。
            俺は必死に来た道を辿り戻った…。
            後ろから誰かが追ってくるんじゃないかと思った。

            さっきの男じゃない、もっと別の… 何だか分からない。誰かも分からない。

            誰も居ない。 誰も居ないのに―――…



                また、 殺される気がした。

  
           もう、ナイフなんて明日でも明後日でもその次でも良いと思った。
           もっと近くの他の店でだって構いやしないんだ。どうでもいい。


            汗が…顎を伝った。
            まだ4月なのに―――何を…。



           さっき通った横断歩道は、随分と人数が減っていた。
           否、今赤信号に変わったばかりだからだと思う。
           強制的に立ち止まらされて俺は背中に恐怖を背負った。
           怖い、怖い、怖い…怖い…!!早く、早く帰らせて……


           人数の比に対し、空気の悪さは変わらない。
           ぜぇ、ぜぇ、と…息をすればするほど… 肺に毒素が廻ってくる…




                  早く帰らせて……!!






          ひたすらそれだけを思って、信号が緑色に戻った瞬間…
          横断歩道で待ちかまえていた誰よりも1番最初に俺の左足は前へ出た。

          来るときに通った、ビルとビルの間の…人1人やっと通れる細い道でも、
          俺は前を見ずに走っていた…

          此処を通り抜ければ、ある程度は細い道だ。
          住宅街だからトラックも、サラリーマンの集団も少ない…


          必死に走った―――。





          それが、失敗だった。





             ド ッ … !








         
 「!、痛っ……」

         
 「―――!」



           思わず間抜けな声を出してしまった。
           何が起こったのかも理解するのに時間が掛かった。何かにぶつかったのか…
           サングラスが勢いよく地面に転がり落ち、カシャン、と……嫌な音を立てる。

           何?  ――――― 人、 …!?



        
 「ッ……」


            クソが。誰だよ…こんな狭い道通るんじゃねぇよ!!
            理不尽に叫びそうだった。だが、ゼェゼェと切れる息に負けて、言葉は出ない。
            そしてぶつかった向こうも同じようなことを考えていた様だった。
            俺と全く同じタイミングで舌打ちをしていた…。



            確かに今のでは…前を向いてなかった上にこんな道で走っていた俺の方が、
            明らかに悪いのだろう。舌打ちをした俺を見て、更に相手は気を悪くしたのが伺えた。
            つーか…俺だけじゃなかったんだな…こんな道、使うの…。

            謝罪して直ぐに去ろうと思った。
            そう思えただけ、自分は未だ少しは冷静だと感じていたのに。


         
「すいま…、」

        
 「ったく、前見て歩けよ、こんな道で走るな。痛いッてのはこっちの台詞だね」
 

           決して口調はキツくない。喧嘩も売っている感じじゃない。
           ―――が、人が謝ろうと思った矢先にそう言われ何だか無性に腹が立った。
           そっちこそ、俺が下向いてんの知ってるんだったら声掛けたりすりゃいーじゃねェか。
           避けようとする努力ぐらい見せたって良いじゃねェかよ。
           そう、言い返してやりたくなった。


        
 「テメェこそ、先に謝罪の一言くらい言ったらど―――」

 
           いつもの口調で、そう強く言った……
           が、最後まで言い切れなかった。  



         
 「―――………」


     
               俺はゆっくりと、ぶつかった相手……かなり身長が高かった……を見上げてみた…




          
 「んだと?」

           
「………!!!」

  

               その姿に、思わず目を見張った。


    
              明らかに特注と思われる、洒落たクラッシュデニム。
              黒の薄いガーゼシャツを着ていて、それを何かの雑誌で見た覚えがあった。
              その中で目に映るのは、…俺も好きな、あのヴィヴィアンのオーブのアクセサリー。



              そして、…忘れようにも忘れられない、…蒼…




          綺麗な群青色の、長い髪。
          ビルの間を吹く強い風で、サラサラと揺れていた。
          今日は髪を下ろしている…。何だか違和感もある。……けれど、間違えない!





           
 「……ッ―――」



   


           あの男だった…

             ウチの学校の―――屋上でいつも寝てやがる、 2年の男……!!!





 
            初めての対峙だった。



              思ってもみなかった。
              思ってみようともしないだろう。
              誰もいない、街の、こんな細い道で…






                            この男と遭遇する羽目になる、事を。