Want Love 0
prologue
〜アイ ガ ホシイ〜







小さい頃、訳も分からず――― 

怖いものがあった



それは私の顔を見て襲いかかってくる恐怖で、

抵抗の術を私は知らない




逃げること、そして密かに泣く事だけが私に許された手段だった





私はただ、“愛して欲しかっただけ”です

なのに

どうして





どうして…


どうして私は…愛してはもらえなかったのでしょう





その答えは、今も分からない







ただ、愛して欲しかったの


名前を呼んで、抱いて欲しかったの


愛して欲しかったの…






ねえ、おかあさん…





















           東京という、細長い大陸の中心で生まれ育ち時は1990年代後半。
           此の世の中は金さえ有れば何でも手に入る時代になった。
           尤も、人間という愚かな生物が浴する物は昔と比べ随分と怠慢な浪費物ばかり…
           愛や夢を語る事さえ馬鹿げている、と、…哀しい世界になったんだと思う。

           だからこそかもしれない。
           俺の1番欲しいモノはきっと手に入らない。
           どんなに沢山の金があっても、どんなに高い地位に上り詰めても、
       
      
           永遠に

           そう、永遠に、手に入らない…



           永遠に…。






             小学5年生―――。
             年齢にして実にまだ10歳。普通ならば友達と交換日記をしたり、
             恋愛漫画を読んだり好きな男の子が出来たり、興味の幅が広がる少女の成長期。

             やっと歳が2桁に入ったその年、俺はヒトリで生きてゆくことになった。
             両親などおらず、兄と2人暮らしだった俺が…とうとう1人きりで生きていくことに、なった年。
             俺にとっては、絶望の年だった…。
             

             大好きな兄は、事故で死んだわけでも無い。
             優しく真面目で勤勉、そして秀でた頭を持つ…自慢の兄さん。
             ―――アメリカへ発っただけのことだ。……俺の為に。

             高校卒業と同時に、その高校の姉妹校であるアメリカの学校で、
             日本語教師の勉強をさせて貰えることになった。…それは兄の夢であり、目標でもあった…
             
             両親の居ない事で一体どれだけの我慢と屈辱に耐えてきたのだろう。
             俺に、兄を止める術や権利などは無かった。 彼の夢を奪う腕など、伸ばせるワケがなかった…。


             兄は涙を流しながら、俺を此処へ残していった…。

             
             俺達兄妹に「親戚」と呼べる血縁者などおらず、知り合いなんて物ももってのほか。
             身寄りのない兄妹が離ればなれになるなんておかしな話だと、今頃になって思うが、
             ―――そう、世の中金さえ有れば生きてゆける時代なんだ。

             兄のくれる金だけで、俺は充分に生きてゆけた。
             小学5年生にして強いられた独り暮らしは、さほど苦痛ではなかった…。
             “孤独”を除けば。



               尤も、始めから兄は俺に独り暮らしを勧めたワケじゃない。
               小学5年生が独り暮らしだなんて聞いたこともない話だ…
               当然施設に預けるという常識的考えが、最初はあった。

               だが俺が …それを拒んだ。必死に、拒んだ。

               そーゆーのに世話になるのは死んでも御免だ。
               どうせまた「変な子」って、世間は俺を指差す。もうまっぴらだ。

               俺はこれまでだって兄さんと2人きりで生きてきた…。
               …知らない大人の手なんか借りない。これから1人でやってゆける自信があった。


               ただの自己暗示だったとしても。


               そう、ヒトリで生きてゆくんだ。
               ヒトリの方がよっぽど幸せなんだ。俺にとっては。


               この世の中に 俺に微笑んでくれる奴なんていない。



               兄さんだけだ…アメリカへ発った魁兄さんだけが、俺の味方。
               ―――たとえ俺をヒトリにしたからといっても…それでも、信じてた。

               彼しか、信じられる人はいなかった…。




               それ以外なんて全てクズ。

               消えてしまえばいい。



               消えてしまえばいい……






                  そんな錆びた信念を抱きながら生き、もう何年が経ったのか。
                  鏡を見たら、俺は随分荒れた人間になっていた…



                 “暗い子”と代名詞を付けられたまま卒業した小学校。

                 中学では周りに“不良”と呼ばれ避けられ、
                 教師に呼び出されて…全てに楯突く毎日。



                   生きることがくだらなかった。


                   生きている理由すら見失いそうだった。




                   否、もう…半分以上見失っているのを、本当は知っている。





                          俺は何のために生きている?





                   兄さんのために…
                   俺の為にアメリカで働いている兄さん、
                   頑張ってる兄さんのために… 俺は、生きてる。






                   だったら始めから、“俺”がいなければ良いんじゃないの?










                                       
 
消えろ―――









                 でも俺は消えきれないで 未練がましく… まだ 生きてる



                 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て…
                 ―――いつの間にか、16回目の春が来て…

                 俺は、高校生になってた。



                 本当は働きたかった。さっさと自立して、自分の事など全て自分で出来るように…
                 誰にも迷惑を掛けず1人で生きていけるようになりたかった…

                 それを阻んだのはやはり、唯一信じている兄。
                 高校までは必ず俺がお前の面倒を見るから、進学して良いんだよ、と。

                 “良いんだよ”と言われた時、兄と自分とのすれ違いを感じた。


                 違うんだ、兄さん。
                 俺は貴方に迷惑を掛けたくないだけに、進学を拒んだんじゃない。


                 ……ただ、もう あのくだらない箱の中で呼吸をするのが嫌なんだよ……



                 かつて兄の通っていた名門校、「海鴎禄大付属高等学校」…通称海禄(かいろく)。
                 小、中、高、大とエスカレーターしてるお嬢様だって通う学校。
                 中学からそのままその高校へ上った俺は、
                 兄さんの後を追うつもりと心に言い聞かせて…進学を選んだ。



                 この狭い箱の中で、必至に呼吸をする。





                     あぁ。


                         今日も俺は生きている…






                       生きてる。



                               くだらない、人生を―――