例えば私が、

刀など抱いていなくてもっと弱くて、

君の背中に隠れる事しか出来ない様な

儚い人間だとしたら…


君はもっと私を護り易かっただろうね





でも生憎、私は君に背中を預けるのが好きだった―――





君と共に過ごす喪服の日々は、

多分…“嬉しかった”んだと、思うよ






……多分ね











【012:Though I don't understand where a way leads to】








蜘蛛を斬った後…刀に付着した血は直ぐに拭き取らねばならない。
それが唯一、銃よりも手間の掛かる刀の不利点だと思う。
最も、銃だって弾の補充や血が詰まれば手入れが必要だが。
だが度々では無い。

―――…刀は、人を斬った感覚が手に残る。
自分の脳に罪を蓄積できる。

その度に生きることを考えさせられる。

其れが、とても自分に向いていると思う…





消えてゆく仲間達の影を、忘れない為にも。










「駄目だな…やはり何も無い」

「もう転がってた蜘蛛は全部上の連中が回収に来たんだろ?」

「ああ―――その時にカズの姿は確認されていない」

「……居眠り扱いてたトコを死体と間違えられて回収されたんじゃねェの」

「勇午」

「ジョーダン」



右手を挙げた勇午に、呆れた溜息をされた。
…くだらない冗談さえも受け入れられる余裕が無い自分に気付く。
否、受け入れろと言う方が無理ある。
その冗談が事実になってくれればどれだけ良いか…



消えたカズの姿を捜索するにあたり、
彼に見張りを任せていた第6中央塔の付近まで戻って来た。
…その時共に行動をしていた、俺と勇午の2人だけで。
普段仕事の際には3人から4人のチームでの行動を命じるのだが、
あえて此を「仕事」扱いにしなかった。
…勇午は其れに対して何も言ってこない。


「…これと言った手がかりも無さそうだしな…」

「何でも良い、もう少しこの辺りの捜索続けてくれ」

「何でも良いってヒデさんアンタ……」



怪訝な視線を勇午が寄越す。
分かっている。藁にも縋る思い…と言うにも満たない言動だった。
手当たり次第、虱潰し、その方が似合いだっただろう。
だが其れしか無いんだ。其れしか…俺等には出来ないんだ。


「血痕1つでも良い…見つけたら報告しろ」

「……了解」

「………」


こんな横暴な命令にも、二言目でsirを答える。
…本当にお前は聞き分けの良い部下だよ。
―――否、頭の良い部下だ。
勇午も分かっているのだ… 虱潰ししか、俺等には手段が無い、と。



「なぁヒデさん」

「…何だ」

「…口動かしながら仕事しても良ースか」

「………どうした」


そんなに口寂しいなら此でも吸うか。
俺とて何もせずにこの作業を出来ると思っておらず、
早速煙草に火を灯したところだった。
いんねーよンな臭ェ棒。勇午はそう零しながら俺に背を向ける。


「カズさんて…何の罪犯した人なんスか」

「……」



ジャリッ、と、勇午の足が砕けた何かの石版を踏んだ。
其処から黒い小さな虫がカサカサと逃げる。
…住処を失い、それでも生きるアングラの小さな生命を横目に、
勇午は再び、俺の方へと顔を向けた。


「…何で、アンダービーなんかやってんだ?」

「………話した事無かったか」

「ああ」

「…そうか、お前未だ2年だもんな…」

「カズさんて何時からアンダービーなんスか」

「…俺と同じ、4年前だよ」

「ふーん…仲良く一緒に堕ちてきたんだ」

「いや。……カズの方が半年以上遅かったな」

「……」

「―――……カズは、罪人じゃないよ」



俺は小さく呟いて、少し唇を薄くした。
勇午は当然顔の縦の線を濃くする顔をしている。
あぁん?とでも言いたげな目で俺を凝視して、口だけで無く作業も止めた。


「俺とカズは、ヘヴンでガヴァメントビーの同期だった」

「……へぇ?…ヒデさんガヴァメントビーだったんすか」

「…見えないか?」

「…どーかな。…どっちもアンダービーには見えないけど」

「はは。……親友だったよ」


…否、だったという言い方はおかしいか。
今でも奴は、背を預け共に命を預け合える親友だ…。
そしてこの先だって―――。


「俺がアングラへ行く事が決まって…其れから半年、俺を心配して一緒に堕りてきたんだ」


だから“仲良く堕りてきた”は正解かもな、。
そう笑ってみたが勇午の顔は戻らない。


「…………何だ其れ…」

「ハハッ…おかしな奴だろう」

「……普通に頭おかしいだろカズさん」



アングラなんて普通、ヘヴンの人間にとっては地獄以外の何物でも無いだろう。
例えば、愛しの肉親が罪を犯したのでアングラへ堕とされます、となっても…
では自分も一緒に堕ちます、などと叫ぶ者は現れないと…云われている。
事実そうだ。息子が捌かれて此の地獄へ堕とされても、母親は何もしない―――
ヘヴンの人間は、世界は、そういうモノだ……


「其れが、たかが親友を心配して自分もアンダービーに?」


ねぇよ。…勇午はそう飛ばして、ウンザリした顔をした。
そうだな、俺も異常な奴だと思うよ、と苦笑で返す。
そして勇午は、ふぅんと…薄く鼻を鳴らした。


「…何か…もっと深い事情があんだろ?」

「……ははッ鋭いな。……俺の昔話なんか訊いてどうする?」

「だって。茜居の話はしてくれたじゃねーですか」

「其れはお前に茜居家の事を調べて欲しかったからだ」

「そーですね、お陰様で休日も退屈しねェですよ」


ひらひら、と嫌味を込めて右手を振るう勇午。
俺は其れを見て何故か「ありがとう」と応えた。


「ヒデさん」

「ん?」

「アンタはいつも自分を“罪人”っつってるけどさ…」

「……。ああ。アンダービーにいるくらいだからな」



アングラには風が吹かない。
天井を塞ぐクイーンが、低気圧も高気圧も…雨も雪も、自然も、
天空全てをこの大地から遮断しているからだ…
それでも、稀に…その継ぎ接ぎの隙間から微かな恵みが零れ落ちることもある…



勇午の蒼銀の猫毛が、風で後から前に…  乱雑に揺れたように見えた―――…




  
 「…アンタは、何の罪犯した罪人なんだ…?」




………。
話した事が…無かったか?

俺は下手な笑顔と自分で理解しながら、勇午に言った。
花の咲かない、硝子屑の泥だらけな大地によく似合った俺の顔……



勇午は数秒、そんな俺を睨むように見ていたが
直ぐに“降参”と言わんばかりに右手を挙げて瞼をおろした。


「すいやせん、込み入ったこと訊ーたみたいッスね」

「………」

「…ヒデさんなんて、精々万引きくらいの犯罪しか出来そーにないんでつい気になりました」


さーせん、と乱暴に謝罪言葉を吐いて、勇午は俺に背を向ける。
…此で20歳…。本当に、世の中の酸いばかりを知って生きてきた子供だと思った…


「カズさんも、万引きくらいしか出来そーにねェもんな、ホントに」

「…ん?」

「似たモン同士。…今頃カズさんもアンタを探してるんじゃねーんスか」

「…ははッ」



だと、良いな。
それかもうとっくにパルプに戻っているかも知れない。
後者だったら俺達はとんだ阿呆だな。
そう言ったが、阿呆で在れば良いと思った…

それから3キロ四方に渡って捜索を続けたが、
薬漬けになって倒れている女親子を見つけ其れをヘヴンに通告しただけで
カズへの手がかりは何1つ見つかりはしなかった―――…





夕刻にパルプを出て約5,6時間だった。
俺も勇午も手がかり無しの手ぶらで、脳内は惚けてるも同然で。
…足取りの遅い帰還だった。

錆びた階段を上り直ぐに勇午を事務所へ入って休むように促した。
この後も捜索に当たって欲しい… 少しでもしっかりと休息を取らせねばと思った。
だが事務所にもう1人…葉哉以外のメンバーが居ると知った勇午は、
面倒でも自分の部屋で休むと言い張り事務所の上の自室へと足重に向かう。

其奴の帰還は予定外であり予想外だった。
少し前に他のチームからメンバー補充の応援要請があった為、
派遣していた者だった。…まだ、帰ってくるような時期では…


「何時…帰ってきたんだ?呼び戻した覚えが無いんだが…」


と言うか、何処に居るんだ?
俺は事務室には明らかに1人しかいない…葉哉に、訊いた。


「今シャワールーム使ってます」


…そうか。其れは尚更…俺も退散せざるを得ないな。
後で何と言ってどやされるか分かったモンじゃない。
そう苦笑しながら、また後で事務所に顔を出すから、と葉哉に告げ…

勇午とは違い、足早に俺は自分の部屋へと向かった。



理由は明確。  ―――…紅い髪の、少女。








カズの事を除けば、俺の頭の中にあるのは殆どが彼女の事であると言って過言じゃなかった。
其れは別に疚しい感情や期待に溢れているからなどでは決して無くて、
心配と―――そして、“刀”、その2つに限られていると断言できる。

少女の理由が知りたかった。
アングラに落ちてきた理由も。
…茜居の刀を持っている理由も。


自分の部屋のドアの前で立ち止まり、静かに2回…手の甲で合図をする。
数秒してから直ぐに薙が応えた。


「今は少し疲れて…眠っているわ」

「…そうか…」


ならば少し、外で話を聞こう。
俺はわざわざ女性を肌寒い外に招いてまでして…中に気を遣った。
勿論外に呼び出した女性にだって、「寒くないか?」くらいの声掛けはする。


「大丈夫よ。…今更私に何の気遣いよ」

「…気遣いじゃなくて、心配なだけだ」

「……相変わらず女に甘過ぎなのよ」



大丈夫よと呆れ溜息と一緒に薙は笑った。
其の顔に何故か妙に安心してしまい、何か聞き出せたか?と軽く聞きそうになった…
が、そう質問をする前に、薙の表情は既に何かを語っていたのに気付く。
俺は唇を引き締めた。…迂闊に何も訊けないのを悟った。

薙自身も、俺が勘付いているのを理解しているようだ。
何処から話そうかしらと恐らく心の中で呟いていただろう…
細く白い、アンダービーには似合わない綺麗な指を顎に当てて少し沈黙した。


「……あの子…」

「ああ」

「年齢、幾つだと思う?」

「―――……」


まさかの質問形式?
俺は少し間を置いて、えー…と?と、考える振りをしながら聞き返した。


「…年齢?」

「ええ」

「……16,7くらい…じゃないのか?」

「……そうね。年齢は、18だそうよ」

「………それで…?」

「―――……」

「………?」



ヒュウ、と、…また…
在るはずの無き低気圧が首筋を攫ってゆく。
薙の蜂蜜色のカールした髪が、ゆるゆると喪服の上を舞う。


「…ねえヒデ」

「ああ」

「ヒデはガヴァメントビーに所属していたから…きっと、分かるわよね」

「……何がだ?」



さっきから薙は何を訊きたがっている?
何を…隠している?躊躇っている?

俺は彼女の、桜色の瞳を横から見つめながら… 考えていた。
彼女の口から言わせない方が良いのではないかと思い、
俺の口からもし言えるのであれば…… 俺が言って、済ませてやりたいと願って。

だが其れは敵わない。
…薙は意を決したように、俺に正面を向き、凛として尋ねる。




「…死刑、って……凡そ何歳から下され、名年で降りる判決…かしら」


「――――――……」





         死 、 刑?




ハタ、と、1度無意味な瞬きが起こった。
瞼とは眼球を塵や乾燥から護る為の行いをして
1日に何百という数を繰り返し上下する物だ。

だが今の1回は明らかに何かの為ではなかった…
薙の言葉に対して、遮断でも求めたというのだろうか―――?


「………」

「……小さな女子供にも、簡単に下る…物なのかしら?」


恥ずかしいな、私はヘヴンに居た時政治に無頓着だったから、
そんな事も分からないから――― と、薙は小さく続ける。
……いや…と、俺は… 言葉さえも意味のない物を返していた…。


 死刑…?
 あの子に…    あの少女が… 死刑?     死刑 囚……?


グラリ、と、…脳裏に…… 紅と黒の、オッドアイ。
―――…少女の… 椿の、生のない瞳と表情が蘇った。

彼女の熱のない声が蘇った。



 “ 殺してくれ… ”



「まだ確定じゃないわ、あの子何処か嘘を付いているような感じがするし…」

「……あぁ…」

「ずっと此処から逃げたそうにしてる。その為の偽りかも知れない、けれど」

「……っ、ヘヴンでの、死刑…は…」

「………」

「最、低…でも…20歳を超えた…者に、10年以上は執行に掛かる…刑だ…」

「―――!、……」


じゃあ、と薙が続けたが…俺は顔を振った。


「…だが嘘じゃない。……あの子は…恐らく…本当に死刑囚だ」

「………え?」

「…思い出した」

「……何?」


何処かで見たと思った。
彼女の纏っているドレスだ…

あの、黒のドレスと黒いチョーカー。



  アレはヘヴンの大地で罪を犯した者の証

  死刑囚に当て殻れる死装束―――………





「………ヒデ、私もう1回あの子」





         ガタンッ…!







「―――!」

「…!?」






泣き出しそうな心優しい女を制し、

俺は強く自分の部屋の戸を押した――――――……