「兄さん、本当に行っちゃうんだね…」




           最後の日に呟いた時、兄さんは酷く淋しそうな背中を見せた…
           ああ、失言だったんだと。……10歳なりにそう思った。

           私は大きくなったら、兄さんを追ってアメリカに行くよ。
           そうしたら迎えに来てくれる?


           私はそう言いながら、兄さんの背中を見送った。


           必ず迎えに来るよ、と …



           本当か嘘かも分からない、優しい笑顔を貰って。





           でも今ならもう、分かるんだよ。






           あの笑顔は―――――















        RRRR…   RRRRRR…   RRRRRR…  


        五月蠅い。……五月蠅い。
        五月蠅い五月蠅い五月蠅い……。

        日曜日。
        滅多に鳴る事の無い家の電話にけたたましく呼ばれ、目が覚めた。
        あーもう朝っぱらから誰…。先公か。大家か。それとも勧誘か。
        半端じゃなく寝起きの悪い俺にとって、望まぬそれらにより眠りを妨げられる事ほど
        正直嫌なモノはない…。

        居留守してやろうか。…ああ、そうしよう。
        俺は枕に顔を押し付けて、薄い毛布を顔まで被った…



         
  「―――……」

 
 
         でも……、何故だろう。
         いつも、「もしかしたら兄さんかもしれない」という期待を持ってしまうのは。
         こんな希望を抱いて受話器を取って、裏切られた時のあの渇き具合は
         何にも例えられない程の…絶望と喪失を纏って俺に襲いかかる。

         それを分かっているのに、懲りないのだな。
         面倒くさそうにベッドから下りるけれど、内心ではドキドキしてるんだ。


         しつこく鳴り続ける電話は、玄関の横。 ゆっくりと受話器に、手が届く。
 

         
     
 「…はい。…橘です」


         機械の向こうはやけにザワザワしていた。電波も少し悪い。
         ああ、この音は…




       
 『珱、』




              俺はその瞬間、ここ数年誰にも見せたことのない、緩んだ顔をした…



















- Want Love Of Brother -




















        起きて良かった。
        渇きでは無く、まるで薔薇の花束を贈られた感覚。
        俺は玄関口にぺたりと座り込むと、右側だけ壁にもたれ掛かりながら
        受話器を両手で包んだ。 瞼が軽くて、瞬きが穏やかになる…


      
 『起きてたか、良かった』

      
 「…寝てた」

       『あれ、ごめんな。まだそっち7時くらいだもんな』

     
  「―――ワシントンは…今…夕方?」

       『ああ。今17時。あとゼミやって今日は終わりだ』

      
 「そっか」

       『…お早う、珱』

      
 「おはよ…」




          平凡な天気、平凡な朝、平凡な日曜日。

          でも、俺にとって“いつでも1番聞きたい”と願う声を初めに聞けて…
          今日は、良い日になる。…そんな気がした。



     
  『ちゃんと学校行ってるか?』


          兄さんの、いつもの心配事質問攻めが始まる。
          俺は少し呆れながらもその声のトーンに酷く安心を得ていた。
          先公共に「学校へ来い」と言われるのと、天と地の差を感じるほどに…。


      
 「うん。…行ってる」

     
  『本当か?ちゃんと勉強してるだろうな?』

       「してるって」



          …しょっちゅうサボって、しょっちゅう自宅謹慎と停学処分喰らってるよ。
 

     
  『飯は?抜いたりしてないだろうな?』

      
 「大丈夫だよ。ちゃんと作ってる」
            

          作るだけで食わない日も少なくない。
          学校で昼飯を食わない日も多いけれど。


      
 『風邪ひいてないか?大丈夫か?』

     
  「元気だよ。そんなもう子供じゃない」


          でも、俺なんかの事を心配してくれる、兄さんの優しさが、好きだ。
          世界中でたった1人、俺のことを思ってくれる人間が居る。


          兄さん、それだけで私は… 呼吸が出来る。

 

    
   「心配しすぎだよ…」

      
 『風邪にに大人も子供も無いだろう?』

       「大丈夫。…ちゃんと寝てるし、健康体だよ」

     
  『俺から見たらお前はまだまだ子供なんだ…。心配なんだよ』

 
            …子供…ね。


      
 「兄さん…私今年で16だよ。知ってる?」

       『何を。俺は今年で24だぞ?16なんてまだまだ子供だ』



           笑い混じりの声が、俺の頭を撫でるように降りかかる。

           16は子供、ね…。だったらそんな子供を置いて、どーしてアメリカなんかに行っちゃったの。
           そんな事を皮肉に考えながら、「はぁい」とわざとらしく、おどけた返事をした…。





        …俺と兄さんは8つ、年が離れてる。

        兄さんと俺は、異父兄妹だ。

           
        今から24年前になるのだろう。
        初め母は、本当に愛し合った男と結ばれて16歳という若さで兄さんを授かった。
        どれだけ幸せであり複雑か、だったかは知らないが…年齢もともかく、
        形としてはごく一般の結婚の形だったのだろう、と思う…。
        例えただのヤンキー同士のデキ婚だったとしてもだ。

        しかし僅かその1年後に、2人は早くも別居する事になる。…別居と言うのも正しいかどうか。
        母は夫に捨てられた。…離婚はしてない。離婚せずに逃げられたから。

        …それからまた数年後、まだ20代前半という若さの母は
        子持ちと言えど幾らでもそこらの男が寄って集るほどの美人であったらしく、
        独り残された事によりかは知らないが、当然の如く荒んだ生活に浸り
        数人と遊び付き合い過ごした。そしてその中の誰と判別は付かないが、
        濁った激流の中で生まれた産物が ―――俺、だ。


        何故、誰の子とも解り得ぬ子を産み落としたのか。
        幼い頃から幾度と無く思った。…何故私を生んだの、と。…何度も思った。
        俺は兄だけに護られながら、兄だけをを本当の身内と思いながら…成長していった。
        あの母を「母親」だと思えた事など一瞬も無い。 一瞬も…。


        そしてやがて、その母もとうとう兄と俺の2人を捨てて何処かへ放浪…。
        唯一母を認めるとしたら、その際に荒んだ暮らしの中でその荒み具合の代償と言えよう
        多大な額の金だけは子らの為に置いていったこと…。
        ―――後に厄介な訴えを起こされるのを回避するためだったか、と今になって思うが。
        親権も捨てずにただ身を眩ました母を追うことなどせず、静かに兄と俺は、
        周りの人間から生活の援助を受けながら、2人暮らしてゆく道を選んだ…。


        その頃が1番平和だった。1番幸せだったと思う…



        だが……どこまで俺を絶望させてくれるのだろう、現実と云う世界は。
        兄が18、俺が10の時に…兄に、海外への話が入った。

        兄の通う高校の姉妹校がアメリカにある。
        その学校で、兄を日本語教師研修員として雇ってくれると云う話だった。
        高校で成績優秀だった兄だ、そんな話が来ることは決して奇跡では無い。
        だが何故兄に。何故、妹と唯一2人で暮らしていた自分の兄に。

        あの時はそう思った。…だがそれも、今なら解る。
        …兄の高校3年時の進路希望は、一般企業への“就職”だった。

        有名進学校で、在学中常に1,2の成績を保ち続けた男が
        何故大学進学でなく、就職を希望するのか。
        教師達に問い詰められた兄は、自分の家の現状を話したという…

        そして持ちかけられた話が、アメリカの姉妹校になる。

        勉強と就職を兼ねた進路。学と金を得られ、そして何よりも、
        高卒と共にアメリカ校で教員という事実は…学校の“顔”になる。



          そして、兄がずっと心に沈め微塵もさらけ出さなかった本当“夢”は 

          奇しくも   世界で子供に言語を教えることだった―――。



        何1つとして、兄には断る理由など見つからなかっただろう。
        否、たった1つあったとしたならばそれは―――… 




   
  『…珱、どうした?』




           
 イカナイデ…兄サン、     イカナイデ…



    
 『珱、』

    
 「―――、あ」




         ……兄さんの声に引き戻され、ハッ、と俺は瞬きをした。



     『どうした…』

    
 「え……いや、何でもない…」
 
     『……そうか?…疲れてるんじゃないか?』



      疲れてる?ああ…そうかもね。
      ねぇ兄さん、兄さんは今の俺の姿を見たら… 絶望するだろうか?

      学校では荒れ、家では抜け殻となり、
      兄さん…貴方の声の前でだけ、俺は「私」に戻り呼吸をする。


       荒んでゆく俺は、やはり―――  あの女の娘だからなのだろうか…。   ねぇ、兄さん。



   
  「兄さんこそ。…働き過ぎには気を付けなきゃ駄目だよ」
       
    
 『…うん、分かってるよ。俺は大丈夫だ』

     「嘘ばっかり。声が疲れてるよ兄さん」



      何を。そんな事無いぞ、と兄さんは笑って続ける。
      兄さんは俺の前ではいつも笑ってた。……俺がいつも、泣いてたから…


  
   「そうだ兄さん…私あんなに仕送り必要ないよ。もっと少なくてイイ」

     『何?また使ってないのかお前?』

   
  「いや…ちゃんと生活費としては使ってるけど…それでも多いよ」

     『何言ってんだ。兄さんが優秀だからこそあれだけ余裕に送れるんだぞ?有り難く受け取りなさい』



      冗談半分本気で、兄さんはまた笑ってそう言う。
      だが兄さんの笑いは時々嘘だ、と分かる。幼き頃からずっと見ていたからこそ…分かる。

      でも……この笑いは、本当だろうか?
      ―――声だけじゃ、分からない自分が…酷く、無力に思える。
      もう兄さんは自分の側にいないのだと、言われているようで…。


    
 「でも使わないんだ。だからもっと少な…」

    
 『いいから。兄さんはお前にこんな事しかしてやれないから…もっと好きな物買ったりして良いんだぞ』

     「―――………」



        普通…高校1年生の女の子は、何を欲しがるのだろう。
        可愛い洋服、お洒落なアクセサリー、ブランド物のコスメ…
        カラオケに行く為、プリクラを撮る為、好きなアーティストのライヴに行く為。
        金を欲しがるのが普通なんだろう…

        だけど俺には、必要無い…        
        俺が本当に欲しいものなど、 例え兄さんの金であったとしても… 買えないんだよ。



        俺が心から望む物は、何処にも――― 転がってなど、いないんだよ……






        その時、受話器の向こうから小さく「Kai!」と、誰かが兄さんを呼ぶ声がした。


     
  『Ok,soon』


      兄さんがそれに答える。ああ、もう別れが来たんだ。
      いつも思う。幸せな時間はあっという間に去り、その後に俺に空虚をくれる…

      痛みは無くともこの真っ新な黒が…  俺はとても怖い。
 

      
 『ゴメン珱。じゃあ…また暇が出来たら電話するから』

      
 「うん…」

       『たまにはお前から掛けておいでよ?』

      
 「…うん」
 
       『じゃあな。元気で』


      じゃあ、と俺が答える前に…兄さんの耳から受話器が離れてゆくのが分かる。
      ブツッと…大袈裟なほどの切断音が鼓膜を破るように突き抜け、
      俺は頭の中で何かが途切れるのを感じる。…さながら、首元を切られた大輪の花。


    
   「に、い、…さん…」

       
      そう俺が呟いても、後は電子音の…
      プーッ、プーッ、という熱も感情も無い音しか残らない。


     
  「…兄さん」



           何でちゃんと…兄さんの声を相手に言えないかな。
           最後の時もそうだった。玄関を去るあの背中を見ながら、
           手を振ることも出来ず俺はただ立っていた。

           何年か経てば風化するのだろうと思っていた。
           ただ俺が子供だからそう感じるんだと…言い聞かせもした。



           それでも、この気持ちは成長することしかしなかった……






      
 「…大好き」





               そう。         俺は、兄さんを…      愛しています





     
 「―――大好き…」





         言葉になったのは、兄がアメリカへ行ってからだった…。
         1人きりの部屋で孤独と戦う日々は、俺を壊すのに充分すぎる時間と
         それだけの破壊力を持っていた。それでも俺が生きられたのは…

         自分の中に生まれたその気持ちが、ようやく声になったから。

         愛する人が、遠く離れたからなんだ…


  
         その当時丁度、何かのドラマを見て、気付いた。
         そのドラマは、悲劇の恋人の恋愛ドラマで…有名な小説家が原作だと聞いたが、
         全くと言っていいほど興味がなかった。―――チープな設定がありえなすぎて。
         なのに、「アメリカへ転勤してしまう恋人」というテーマだけに妙に惹かれて…
         俺は夢中になってそれを見ていた。

         アメリカ…。ああ、兄と同じだ。初めはそれだけだった。なのにだんだんと…
         その主役である女性の気持ちに、酷く共感出来てる自分にも気付いた。


         女は言った。


         気持ちは、胸の中にしまっていても何の意味にならない。
         だが逢えなくなる貴方にこの言葉を伝えれば、ただ辛くなるだけ。

         忘れる事も散らせる事も出来ないこの気持ちはどうすればいい?


         その時彼女は 1人きりの部屋で、貴方を 愛してる と… 幸せそうに呟くのだった。


         つ、と…一筋、俺の頬に涙が伝った…


 


          馬鹿げた少女漫画の展開の様で、情けなかった。
          「兄妹」という壁を、「異父兄妹」という言葉で乗り越えようとしてる自分が…

          酷く恥ずかしかった。 
          それでもこの気持ちは、そんな少女漫画を蹴飛ばしても覆らない、真実だった。



             俺はあの人を、愛している…



          俺は理解している。―――魁兄さんの最後の笑顔を。
          あの笑顔は確かに俺に向けられた物で、俺だけの物だった。

          でも、例え俺がアメリカに兄さんを追い掛けてゆこうとも、
          いつか兄さんが日本に、この部屋に帰ってくる日があったとしても、


          あの笑顔は――― 確かに俺の物なのに  永遠に、俺の手には入らない物。




     
 「…は、ぁ…」


 
          空しく、受話器を置くと…来た床をぺたりぺたりと戻り、
          俺はまたベッドに、顔から深く沈みこんだ。

          …すっかり冷たくなっている。でもこのベッドが、俺は大好きだ。
  
          まだ幼かった頃…俺はこのベッドで兄と一緒に寝ていた。
          恐がりだった俺を毛布ごと抱いて…俺が先に夢を見るまで、ずっと起きていてくれた。
          今ではもう俺1人が寝るので精一杯のベッドだが…忘れられない。
          でも、そう。  もう今は一緒に夜を過ごすことも…出来ないんだ。


          これが少女漫画で無い事が残念だと…皮肉に笑ってしまいたかった。
          いっそありきたりな、「実は本当の兄妹じゃなかった」とか、
          「俺も妹を愛している」、なんてゆーオチになってしまえば良いのにな。

          俺は確かに兄さんの妹で、兄さんは本当に俺の兄。
          永遠に変わらない。―――…永遠に、実らない。


          兄は当然、俺を「妹」としてか見ないし、
          ずっとずっといつまでも、さっきの様に俺を「子供」扱いするんだろう。


          俺はいつになったら「大人」になるんだろうね。
          いつになったら、……兄と一晩を過ごせる身になれるのだろうね。



               いつになったら、 この想いを伝えてみても良いのだろうね…



          小さな子供が好きな子を相手に、「大きくなったら結婚しようね」と言う。
          それを酷く可愛いと思いながらも、逆に大人げなく“滑稽だな”などと思ってしまう。

           
            俺は言えなかったから。

            その相手が、「兄」だったから。
          


            でも、この気持ちは本当なんだ…

            魁兄さん。…貴方が好き。 どうして言っちゃいけない…?   

 
                    
          今すぐ会えるとでも言うのならば、何を犠牲にしてでも会いたい。
          けれど、こんな非行に走った姿は見せられないかな。

          今すぐ伝えられるのならば、この先声が出なくなると言われてでも伝えたい。
          けれど、貴方は俺を「妹」としてしか見ない返事を…きっとくれるだろう。



          それでも私は、貴方をこんなに愛しているんだ…






         俺には夢があった。
         バカバカしい、…けれど、切実でちっぽけな夢。


         1つは、早く結婚して…幸せな家庭を作ること。
         自分がこんな環境で育ったせいもあるのだろう、…家族がいる家に…焦がれた。
         そして自分の子供が欲しい。その子を…世界で1番幸せにしてやりたい。
         本当に愛した人との子を生んで、毎日その子を愛してあげたいんだ。
         絶対に孤独になんてさせない。
         一生愛するんだ…


         そしてもう1つは…




                    1度、でいいんだ




                     ―――… 兄の腕で、抱かれたい。











         それだけ。 たった、それだけ。






    
  「…何なんだか…」


       2度寝しようと思ったのに、目が冴えて眠れない。  
       冷たいシーツの上はとても心地良かったのだが、どうにもこうにも身体が起きてしまっている…
       頭を掻きながら乱暴にベッドから這い出し、天気の良い空に目をやる。
       出窓のドアを開け、俺は裸足のままベランダに立った。


       濃い水色の空。  空は、昔から好き。   …素直で綺麗だから。


       そしてこの空は、兄の居るアメリカまで繋がっている。
       俺の心と、兄の心もいつか…こうやって繋がらないだろうか…


    
  「…部屋の掃除でもするか」


       煩悩を振り払いながら自分にそう問いかける。
       気分の良い日は、必ずと言っていいほど部屋の掃除をした…。
       別にそんな荒れてワケでもないので、掃除するところなど殆ど無いのだが。
       いつでも―――あの日のように、綺麗なままにする。

       うん、と上に強く伸びをしてから部屋の中に戻り、
       ロングTシャツを脱ぎ捨てて、タンスから赤いTシャツを引っ張り出す。
         

    
 「…んっ、」


       その際に、肩のアザと胸の下の傷がズキンと痛んだ……。

       タンスの横の鏡に、惨めな身体が映っている。
       無数の傷と、アザ。醜いな…

       …でも何故か、顔や首、腕や足など…露出される部分には傷が見あたらない。
       着物を剥げば、アザだの傷だの、火傷の跡だの…見せられないモノだらけだというのに。
       何という見栄っ張りな身体。……いっそ顔面に殴られた跡でもあった方が、誰か同情するのだろうか。

       
    
 「………」
              


       ねえ兄さん。
       例えば貴方は、こんなに傷だらけの俺の身体を… 抱いてくれる?

                
       ……そう問いかけていた自分に嘲笑う自分がまた生まれる。
      
       兄という血族者に聞いている時点でとても可笑しいのだが、
       それ以前の問題がある。





       こんな俺、「珱」という女を愛してくれる奴が、この世の中に居る?

  

       俺の夢はどちらも永遠に叶いそうにないね―――。





              

       結局その日俺は、部屋中の掃除をしながらそんなことを思って終わった。



       懐かしい写真やらが出てきて、自嘲したり…
       クローゼットの奥から、中学のセーラー服が出てきたり。 
       …兄が昔着ていたYシャツが出てきたり。

       捨てられない思い出が、この部屋には、
       俺の記憶の産物の如く沢山詰め込まれている…
         
       そしてその記憶は、決して嫌なモノばかりではなかった…。
 


        だから俺は、兄に会う時には…
        この姿を卒業出来る気がしたんだ。

                    
        いつだって俺は、貴方が存在するから生きてきた。
        ―――今のこの姿だって、貴方のために生きる自分の成れ果てだ…。
                                   

        次の日からまた、俺は不良を演じ続ける。
        貴方のいる世界で生きるためにだ。


        自分を護るために―――。        







       その夜の空は、小さな星が綺麗に瞬いていた。
       大好きな空は、暗闇の中に輝く星と月があるから人々に美しいと思われる。

       だから俺も、空のように生きよう……    とは、 まだ 思えない。






          
       
  「魁兄さん…」




              
 愛してる











                                                     そう、 俺には貴方しかいなかった…




















初期より随分設定が変わりました。
非常に古い作品ですが、こうしてまた誰かの目に触れる事が有ると思うと
沈みたいほど恥ずかs心底幸せな感じがしております。
2度目の読者様も、初の読者様も、お目汚しすみませんでした、
ありがとうございました。