碧と蒼と青と、雨と空と
今日も雨が降っている。何でもない、梅雨の風景だ。
雨の日になると髪の毛がまとまりにくいって言う何とも大変な癖を持っている髪の俺は、今日も一日不機嫌だった。
更にその不機嫌に拍車をかけるように、牙龍は休みだし、喧嘩売られるし。
びしょ濡れになっている。まぁ、濡れちまえばまとまるも何もなくなるから良いんだけどよ。
ただびしょ濡れのまま帰るとお袋が煩いので、公園で一休みをしようと思っていた。
雨の日の公園なんて寂しいもので、濡れた遊具が寂しそうに泣いてるだけだった。
俺は少し考えてから、公園の奥の方にあるブランコへ座った。
木の陰になっているからか、思っていたより濡れていなくて、安心した。
ブランコに座ってからどのくらいの時間が経ったのか。道路で水が撥ねる度に喜ぶ子供達の声が聞こえる。
俺もガキの頃は水が撥ねる瞬間が綺麗で、汚くて、好きだった。
水溜りに映った自分が何とも醜くて、本当にこんな顔をしているのかと悩んだものだ。
でも今の俺はびしょ濡れの公園のブランコに座って、傘も差さずに時間を忘れて俯く。
誰にも気付かれないように、冷たい粒に暖かい粒を混ぜて。
少し時間が経って雨が降り止んで顔をあげた。眩しい空が濡れた俺を見て笑っている。
「……うっせーよ、親父……」
聞こえる訳は無いけど、親父が笑ってる気がして、思わず呟く。
さっきまでの雨とは打って変わって、今度の空は青く晴れ渡っていた。
雨上がりの誰も居ない公園を見渡して、砂場に目をやった。幼稚園生くらいの男の子が一人で遊んでいる。
黄色いカッパを着て、黄色い長靴を履いて、緑のバケツに黄色のシャベル、赤いスコップ。
今の俺みたいに首の後ろで髪の毛を一つに縛っている男の子。
誰も居ない公園の砂場で山を作って遊んでいる。たった一人で、楽しそうに。
誰かが来た時に一緒に遊べるように、表面上で楽しそうな笑顔を作って遊んでいた。
俺はずっとその子をブランコに座ったままで見ていた。何故か目が離せなくて。今の…昔の、まるで俺のようで。
どれくらいの時間がたったのか。
空はまた黒い雲で覆われてゴロゴロと言い出した。まだ遠いが聞こえてしまう。それが俺にとって辛いところ。
それでもその男の子の親は迎えにこないし、帰ろうともしていなかった。そりゃそうだよな。
男の子の様子を見る限り、ずっとあそこに居たようだ。
カッパはびしょ濡れで、長靴は泥で汚れていて、バケツの中に水が溜まっていた。
「ゲロめんどくせー…」
俺は呟いてから砂場に歩み寄って、その男の子に近付いて話し掛けた。
「おいガキ。今から雷が鳴ると思うから、さっさと帰れ」
子供は嫌いだからそんな風にしか言えない。それで大抵の子供たちは逃げるように帰っていくんだ。
ま、帰らせる為に言ってるからそれで良いんだけど。
でもその男の子はニコッと笑って、山の続きを作りだした。
その時に少し気付いてはいた。俺が話しかけたのに驚いている様子だったから。
「聞こえなかったのか?さっさと帰れって言ってんだよ」
それでもソイツは帰らなかった。とうとう雨が降り出して、雷も鳴り出してきた。
俺的には雷は嫌いじゃないけど人一倍耳がいいせいで、普通でも大きい雷の音が倍で聞こえて煩かった。
そんな煩い中でも人の声は聞き逃さなかった。
「……帰る所が無いから、ここでお迎えが来るのを待ってるんだ……」
そう言った瞬間だけ笑顔を止めて、暗い顔になった。
最近この辺りで火事があったというニュースを今日の朝見たような気がする。
住んでいたのは3人家族で親は即死、子供は大火傷で入院中だって言ってた。
じゃあもしかしてコイツは…。
黙々と続きをやりだしたそいつの背中が全てを語っているようで、俺はソイツとの距離をもっと縮めた。
傘も差さずに公園に居る俺も、きっと迎えが来るのを心のどこかで期待してるんだ。
小さい頃に迎えに来てくれた大好きな人はもう居ない。でも信じて待ってしまう。その人の事を。
「しゃーねーから……迎えが来るまで付き合ってやるよ。でかいの作るんだろ?」
一人で待つって事の辛さを知っているからほっとけなかったのかも知れない。
俺はそう言って山を作るのを手伝い出した。ソイツもさっきまでとは違って本当に嬉しそうに笑った。
雨の降りしきる中二人で泥だらけになりながら山を作った。大きな山を。
その山のふもとに花壇に咲いていた花を二輪差した。
両親への弔いのつもりなんだろう。俺もソイツとは違う花を一輪差した。
大好きだからこそ、成仏して欲しい。そう思う気持ちは俺も一緒だから。
「…う…勇。迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
父親と母親らしき人たちがやっとその男の子を迎えに来て、帰っていった。
最後のその男の子、勇は俺に向かって「ありがとう。楽しかった!」と言って両親のもとへと走っていった。
今日帰ったらニュースでやってるんだろうな、火事で火傷を負った入院中の少年、死亡って。
その三人の帰っていった方向とは逆の方から傘が近付いてくるのが見えた。
そして聞きなれた声が俺の名前をめんどくさそうに呼んだ。
「おら、華南。かえっぞ。何、一人で山作ってたのか?お前高校生にもなって淋しいなぁ」
「うっさい」
俺の大好きな碧ではなかったけど、でもこの蒼も好きだ。
なんだかんだ言って、俺の事を心配してくれる蒼だ。本当に、いつも甘いと思う。
花壇から勇と同じ花を取って山のふもとの二輪の間に差した。ちょっと背を低くして、勇の分を。
「…傘、もう必要ないな」
そう言って俺の好きな蒼が上を見上げた。俺も同じように上を見上げて、空が晴れている事に気付いた。
空には大きな虹がかかって、幸せそうに笑っていた。
俺の好きなこの匂い、またさっきとは違う俺がここに居るんだ。
一瞬一瞬で人間は変わると思う。さっきまで不機嫌そうだった蒼も、何か笑ってるしな。
「んじゃ、ちょっと遠回りで散歩がてら帰るか」
その蒼の言葉に嬉しそうに頷いて、俺等は歩き出した。
きっと勇は俺だったんだ。
小さい頃の俺。一人で親が迎えに来るのを待っている。
今はその親は迎えにこないけど、幸せだと思う。
言葉には出さないで心配してくれる人たちが居る限り、幸せだ。
「やっぱ雨っていいよな。この匂い、本当に好き」
「生臭くねーか?確かに気持ちがいいっていうのは分かるけどな」
「新しい時間が流れるって感じしね?」
「…前々から思ってたけど、お前って自然ポエマーだよな」
「は?何て言った?」
「なんでもねーよ、ばーか」
もう居ない碧が、楽しそうに笑う蒼と青を見て笑っている。
今は大きな空となって、いつまでも二人を見ている。
いつまでもずっと……。